訃報

野田玲二郎さん(s29卒、東京在住)が12月2日、心不全のため急逝されました。満77歳でした。安らかな眠りをお祈りいたします。2012年12月11日、東京都内の聖堂で告別式が行われ、福岡からは結城会長が出席しました。

送る言葉

修猷館ヨット部創部70周年記念式典で野田玲二郎君(2011年10月1日、福岡サンパレスで)
修猷館ヨット部創部70周年記念式典で野田玲二郎君(2011年10月1日、福岡サンパレスで)

創部70周年の記念式典に元気な姿を見せてくれた同級生・野田玲二郎君が12月2日に逝去され、ぼう然とするばかりです。

数日前まで旅行に出るなどお元気だったそうですが、12月2日午後、テレビを視ていて気分が悪くなり、病院へ救急搬送、軽い肺炎による心不全で逝去されたとの奥様のお話。結城君から知らされました。奥様、ご家族の落胆如何ばかりか。お慰めする言葉もございません。

 

玲二郎君は、修猷館高校ヨット部ではスナイプ乗りでした。練習も、冬場の艇の補修も欠席したことがない、海が大好きな少年でした。

 

「チン」のニックネームで親しまれましたが「沈」をしたことはなく、誰かが手書きの「玲」の文字を「珍」と読み違えたために命名されたことを、ご本人の名誉のために記しておきます。

 

学習院大学理学部を卒業、アラビア石油に入社、カフジ(クウェートとサウジアラビアの中立地帯)勤務時代にカフジヨットクラブを創設、会長として活動。一時肝臓を病んで帰国しましたが、その後名誉会長として復活。その報告が1976年、85年の「舵」誌に掲載されました。Int.14クラスに関する連載も多数あります。

 

最近も、翻訳業の傍らK16クラス、Int.14クラスの全日本選手権大会でジャッジを務めるなど活躍中でした。

 

思い出は、百道で、能古で、名島で、津屋崎で、地行で・・と、止めどなく駆け巡ります。あのころ、玲二郎・結城・私の3人組でした。本当に楽しかった。その友情が、私の人生の励みでした。ありがとう玲二郎君。

突然の永別は残念ですが、これからは心の友です。どうぞ安らかにお眠り下さい。

 

  2012年(平成24年)12月 野田武夫

  現役の活動はこちらから
  現役の活動はこちらから