2014年

4月

11日

平成26年クラブ総会(ヨットの日)

平成26年のクラブ総会が、例年どおり4月10日(ヨットの日)に、博多大福(大名より店屋町に移転)にて開催されました。

OB:20名に加えて、顧問の金川先生、現役2・3年生:13名の参加があり、盛会となりました。

結城会長(S29年卒)のご挨拶の後、林さん(S26年卒)の乾杯の音頭で開宴となり、OBは思い出話しに花を咲かせました。

また、オリンピック選手の石橋氏(H4年卒)や九大ヨット部で現役を続けるOBたちから、熱心にアドバイスを受ける現役生の姿は、目前に迫るレースを前に「より速くなりたい」という思いがひしひしと伝わる場面でした。

最後は館歌を斉唱し、世代を超えたOBの交流と、現役への伝統や経験・技術の伝承の場でもある「ヨットの日」を締めくくりました。

 

 

2014年

2月

01日

秋山雄治氏に旭日双光章 220人出席して祝賀会

わが修猷ヨットクラブの秋山雄治氏(元日本セーリング連盟副会長、昭31卒)が、長年にわたりセーリング競技の普及振興に努めた功績、地域スポーツ振興に対する多大な貢献を評価され、平成25年度秋の叙勲で旭日双光章を受章されました。

この栄誉はご本人にとどまらず、当クラブにとっても歴史的な慶事であり誇りです。

 

平成26年2月1日、氏の栄誉を称える記念祝賀会がホテル日航福岡で開催され、全国からスポーツ関係者、ヨット関係者、先輩後輩、友人知人ら217人の多数が出席されました。

 

会式は、結城威福岡県ヨット連盟会長(発起人代表、昭29卒)の挨拶で始まり、秋山氏をヨットの世界に誘い入れた修猷館ヨット部入部の逸話、林英男君遭難(昭30)と、ご両親林喜三郎(大10卒)酉子さんご夫妻(故人)の豊かなお人柄あっての今日であることに触れ、感銘を与えました。

 

来賓の河野博文日本セーリング連盟会長、河部浩幸福岡市スポーツ協会会長、出光芳秀前修猷館高校同窓会長、樋口明福岡市バレーボール協会会長の来賓祝辞では、秋山氏の選手、監督の時代から役員に至る数々の業績が紹介され、3時間に及ぶ盛大なパーティーとなりました。

 

棚町三郎(昭25卒)、佐藤麻衣子、石橋顕(平4卒)各氏らオリンピアンも出席され、記念品や花束贈呈で式典を盛り上げて下さいました。

 

秋山氏は日本セーリング連盟の副会長職を24年6月に退きましたが、現在、同連盟顧問、福岡市セーリング連盟理事長、福岡県セーリング連盟副会長、福岡市スポーツ協会副会長、セーリングスピリッツ協会副会長、日本A級ディンギー協会副会長など数々の要職にあり、更なる活躍が期待されています。(の)

2013年

10月

01日

OB戦(2013年10月5日)

2013年の修猷館ヨット部OB戦を10月5日(土)小戸ヨットハーバーで開催します。雨天決行。多数ご参加をお待ちします。

 

受付:9:00〜9:30、小戸ヨットハーバー正面入口。

会費:3,000円。

レース後、恒例のバーベキューを予定しています。

2012年

12月

03日

訃報

野田玲二郎さん(s29卒、東京在住)が12月2日、心不全のため急逝されました。満77歳でした。安らかな眠りをお祈りいたします。2012年12月11日、東京都内の聖堂で告別式が行われ、福岡からは結城会長が出席しました。

送る言葉

修猷館ヨット部創部70周年記念式典で野田玲二郎君(2011年10月1日、福岡サンパレスで)
修猷館ヨット部創部70周年記念式典で野田玲二郎君(2011年10月1日、福岡サンパレスで)

創部70周年の記念式典に元気な姿を見せてくれた同級生・野田玲二郎君が12月2日に逝去され、ぼう然とするばかりです。

数日前まで旅行に出るなどお元気だったそうですが、12月2日午後、テレビを視ていて気分が悪くなり、病院へ救急搬送、軽い肺炎による心不全で逝去されたとの奥様のお話。結城君から知らされました。奥様、ご家族の落胆如何ばかりか。お慰めする言葉もございません。

 

玲二郎君は、修猷館高校ヨット部ではスナイプ乗りでした。練習も、冬場の艇の補修も欠席したことがない、海が大好きな少年でした。

 

「チン」のニックネームで親しまれましたが「沈」をしたことはなく、誰かが手書きの「玲」の文字を「珍」と読み違えたために命名されたことを、ご本人の名誉のために記しておきます。

 

学習院大学理学部を卒業、アラビア石油に入社、カフジ(クウェートとサウジアラビアの中立地帯)勤務時代にカフジヨットクラブを創設、会長として活動。一時肝臓を病んで帰国しましたが、その後名誉会長として復活。その報告が1976年、85年の「舵」誌に掲載されました。Int.14クラスに関する連載も多数あります。

 

最近も、翻訳業の傍らK16クラス、Int.14クラスの全日本選手権大会でジャッジを務めるなど活躍中でした。

 

思い出は、百道で、能古で、名島で、津屋崎で、地行で・・と、止めどなく駆け巡ります。あのころ、玲二郎・結城・私の3人組でした。本当に楽しかった。その友情が、私の人生の励みでした。ありがとう玲二郎君。

突然の永別は残念ですが、これからは心の友です。どうぞ安らかにお眠り下さい。

 

  2012年(平成24年)12月 野田武夫

2011年

10月

07日

盛大に修猷館ヨット部70周年を祝う

修猷館高校ヨット部は、昭和16年(1941年)日本最初の旧制中学ヨット部として産声を上げ、以来、オリンピック代表2人をはじめ数多くの名選手を輩出して70年になります。修猷ヨットクラブ(OB会)では、これを記念して、10月1日(土)午後6時から福岡市博多区の福岡サンパレスで「創部70周年記念式典」を開催、70周年を祝い、次の時代へ向けて新たなスタートを切りました。

河原田新部長の決意表明
河原田新部長の決意表明

式典は、小川洋福岡県知事(昭和43年修猷館卒)、中嶋利昭修猷館長はじめ全国から駆けつけたヨット関係者ら来賓45人、OB91人、現役生28人の計164人が出席。まず、結城威修猷ヨットクラブ会長(福岡県セーリング連盟会長)が創部以来の歴史、活動状況を織り込んだ70年間のお礼の言葉で開幕。小川知事、中嶋館長からそれぞれ激励のご祝辞をいただき、続いて出光芳秀同窓会長の乾杯の音頭で開宴、大盛会となりました。

 

昭和16年の太平洋戦争開戦直前から平成23年まで、70年の歴史は語っても語り尽くせません。出席者は、それぞれのヨットとの関わりを回顧し、潮気いっぱいの歓談が続きました。

 

ハイライトは、東京オリンピックドラゴン級代表・棚町三郎氏(S25卒、日本ディンギー協会長)と、北京オリンピック49er級代表・石橋顕氏(H4卒)とのトーク。

秋山雄治氏(S31卒、日本セーリング連盟副会長)の紹介で登壇し、FBS福岡放送の山田真由美アナウンサーによるインタビュー形式で進行。レース時の心境や、税関トラブルなど番外エピソードも飛び出し、会場を盛り上げました。

 

このあと、ヨット部を代表して金川文雄先生(ヨット部顧問)と前部長・内田雄己君(3年)、新部長・河原田健介君(2年)が登壇、70周年記念募金で購入した救助艇1隻の目録と支援金が結城会長から贈られ、新部長が来シーズンへの決意表明を行いました。

 

最後に、70周年企画実行委員会の冬至克也委員長(S47卒)が、記念式典へのご協力に感謝、今後のご支援をお願いして閉会となりました。

閉会後、ヨット部OBと現役の記念写真撮影があり、式典を成功させた後の館歌斉唱は感動的でした。

実行委員会のみなさん、長期にわたる式典準備、お疲れさまでした。(N)

2011年

9月

30日

2011年OB戦

◆世代を超えて50余人が交流

 

「修猷館ヨット部OB戦 2011」が9月18日(日)福岡市小戸ヨットハーバーで開催されました。

 

現役−OBの密接な交流は、修猷館ヨット部70年の伝統行事。戦後間もないころは「デイクルージング」が行われ、やがてレース形式の「OB戦」に発展、現在は保護者参加型に進化しています。

保護者はOBのクルーザーに分乗、日ごろ見ることが出来ないレースを間近に観戦していただきます。

 

今年は保護者と家族、現役部員、OBの計50余人が参加。クルーザーは、OBの谷さん(S28卒)、結城さん(S29卒=会長)、坂口さん(S31卒)、岡本さん(S56卒)に、それぞれ所有艇(計4隻)を出していただきました。

 

天候は、台風15号が沖縄の南にあって朝方は小雨。それでも熱心な保護者のみなさん二十数人が練習海域へ。雨具持参の出艇でしたが、レースが始まるころには雨も上がってまずまずの観戦日和になりました。

 

出場選手は苦戦しました。台風は鈍足で、風がない。父母や弟妹にカッコイイところを見せたいが、艇は走りません。FJ級7艇が出場しましたが、第1レースは3艇が、第2レースも1艇がDNFという難レースでした。

午後はハーバーに戻って楽しい昼食会。陸勤(オカキン)の現役生が手際よく焼いたバーベキューをほおばり、世代を超えた交流で盛り上がりました。

10月1日の創部70周年記念式典については「現役は無料、全員参加」などの案内がありました。日本最古の高校ヨット部、その伝統を伝承する場としても意義深い一日でした。

 

[参加OB]=敬称略 

谷伸明(S28卒)、結城威(会長=S29卒)、野田武夫(S29卒)、坂口征雄(S31卒)、片ノ坂邦夫(S32卒)、福元征四郎(S32卒)、納冨希志夫(S44卒)、岡本成道(S56卒)、藤原正登(S56卒)

 

2011年

6月

28日

修猷からFJ級1艇を寄贈  東日本大震災支援

東日本大震災で艇を失った高校ヨット部支援として、修猷館高校と中村学園三陽高校からFJ級各1艇が宮城県高体連へ発送されました。

2011年

4月

10日

クラブ総会開く

平成23年度の修猷ヨットクラブ総会・懇親会が、今年も「ヨットの日に大福で」盛大に開かれました。OBと現役とが一堂に会し、新年度の必勝を期す交流の場。とくに今年は修猷館ヨット部の創部70周年にあたり、例年に増して意気盛んな集いとなりました。

 

開催日と場所は、「毎年4月10日(ヨットの日)に天神西通りの大福うどん(S48卒のヨット部OB・熊本章一氏経営)に集合」と決まっていますから「忘れた~」なんてことはありません。今年はOB20人、顧問1人、現役15人(2、3年生)が出席しました。

 

総会では、まず結城威クラブ会長(S29卒、福岡県セーリング連盟会長)から、創部70周年記念事業を推進する実行委員会を設置し、毎月定例委員会を開いて準備を進めていることを報告。「館歌斉唱の際の姿勢」についての訓話は、先輩後輩という縦の繋がりの大切さを感じさせる場面でした。

 

70周年記念式典については、冬至克也実行委員長(S47卒)から次のように中間報告。

開催日は10月1日(土)、会場は福岡サンパレス。内容は修猷館同窓会的な広がりを持たせ、現役生、父兄、他校関係者を交えた集いをめざしています。

また、記念事業の一環として救助艇購入の支援、新艇の構想についての説明がありました。

 

秋山雄治さん(S31卒)は、日本セーリング連盟副会長の立場から「大学進学後も是非ヨットを続けて欲しい」と現役生への要望。関東方面の各大学でも部員確保に苦労しているようです。

北京オリンピック49er級の日本代表・石橋顕さん(H4卒)からは「修猷のみなさんの大きな支援に後押しされてオリンピックに出場できた」と感謝の言葉がありました。

 

懇親会は、J/24級レーサー谷伸明さん(S28卒)の音頭で乾杯。現役生はもちろんジュースですが、元気の良い自己紹介に拍手、拍手・・。戦後派OBの今では考えられない逸話も飛び出しました。

「さすが70周年」で、おじいちゃんと孫が修猷館ヨット部というペアが2組もいる愉快なクラブ。今回の参加者も長老から現役生まで数十年の開きがありますが、ヨットの話に年齢はないようです。

 

現役生は翌日テストがあり、早めの散会となりましたが、5月15日、22日の2日間行われるインターハイ予選・福岡県大会の必勝を期しています。みなさん、応援よろしく!(の)

2011年

2月

07日

元ヨット少年の集い

日本がまだ戦後と言われたころ、博多湾を小さなヨットで走り回る少年たちがいました。 この面々もそうでした。

当時、修猷館ヨット部員。高校では全国的にもまだ珍しい存在。艇はA級ディンギーとスナイプ。ハーバーがないので、百道の砂浜からオッチョイ、オッチョイと担ぎ出して乗っていました。

あれから数十年。この中にヨット界のリーダーが何人もいます。

修猷館ヨット部は今年創部70周年を迎えます。

在京の野田(玲)氏来福を機に「久し振りだからヨット少年に帰って歓談・・」と相成りました。平成23年2月7日、福岡市のアークホテル博多ロイヤル「花水木」で。(武)

<<写真右から>>

結城威(s29卒)谷伸明(s28卒)野田玲二郎(s29卒)福元征四郎(s32卒)

冬至哲也(s37卒)秋山雄治(s31卒)林暁男(s26卒)野田武夫(s29卒)=敬称略。

2010年

9月

30日

2010年OB戦

パーティー開会
パーティー開会

◆クルーザーに分乗してレース見学

 

絶好のヨット日和に恵まれた9月20日、修猷ヨット部恒例のOB戦が賑やかに開催されました。

 

ここ数年は、顧問(金川先生)がお知らせした通り保護者見学会が中心です。

今年はOB保有のクルーザー4隻に二十数人が分乗、現役生の熱のこもったレースを観戦することが出来ました。広報の「現役」君がBBSに書き込んでくれたように、保護者の皆さまには「ヨット部とは?」が少しご理解いただけたと思います。レース結果は → こちら

レース終了後は現役生たちが心を込めて準備したバーベキューの昼食をいただき、海を語り、風を楽しんだひととき。応援歌「彼の群小」で散会となりました。(の)

選手紹介
選手紹介

2010年

6月

25日

棚町三郎さんを囲む会

東京オリンピックのドラゴン級代表だった棚町三郎さん(S25卒)が、第20回全日本A級ディンギー選手権2010博多大会のため来福され、6月24日夕、修猷ヨットクラブ有志による「棚町さんを囲む会」が開かれました。

■棚町さんが

 日本A級ディンギー協会長に就任

 

棚町さんは、今年度から日本A級ディンギー協会の会長に就任され、そのお祝いの意味もあって結城威(福岡県セーリング連盟会長、修猷ヨットクラブ会長)、秋山雄治(日本セーリング連盟副会長)の両氏を発起人として開催。

 

会場(福岡市天神のアークホテル博多ロイヤル)に集まった15人の中にオリンピアンが2人もいる晴れやかな集い。この年代の皆さんが一堂に会するのは久しぶりで、懐旧談は尽きず大盛会でした。

■全日本A級、修猷クラブ5位入賞

 

全日本A級ディンギー博多大会は6月26、27日、梅雨空のもと、小戸ヨットハーバーに全国から37チーム、56艇、250人が集結して開催されました。修猷クラブは、スーパーシニアクラス(70歳超)で35艇中5位入賞と健闘されたそうです。

棚町 三郎(s25)東京五輪代表 谷 伸明 (s28) 片ノ坂邦夫(s32)
安松 正美(s25) 結城 威 (s29)会長 福元征四郎(s32)
内田 邦良(s26) 野田 武夫(s29) 冬至 哲也(s37)
安部 正博(s27) 秋山 雄治(s31) 石橋 顕 (h4)北京五輪代表
友田 秀教(s27) 坂口 征雄(s31) 高 修治 (h4)
(かっこ内は卒年)

2006年

9月

30日

2006年OB戦(写真のみ)

2005年

9月

30日

2005年OB戦

◆久しぶり 熱き戦い

今年も10月16日にOB戦が開催されました。10月中旬のいつもより少し遅い時期の開催となったため寒さが心配されましたが、当日はすばらしい天気に恵まれ、絶好のヨット日和となりました。また例年よりもたくさんの方々にご参加いただき、大変楽しいOB戦となりました。ありがとうございました。

 

今年のレースはFJ(4艇)とJ24(3艇)が、それぞれソーセージコースで争うという形式です。風も強く、また短いコースを繰り返したため、なかなかハードなレースとなりました。特に若手のOB達は久しぶりに熱くなったようで、文句を言い合う場面などもしばしば。現役の頃を思い出していたようです。

 

◆現役部員もJ24体験

また、J24のOBの方々は現役に舵を持たせたらしく、現役部員たちはFJとの違いに戸惑っていたということでした。現役部員たちにとっても貴重な体験ができたようです。また、今回は修猷館柔道部OBの江藤さんが観覧艇をご用意してくださり、全員で秋の海を満喫することができました。ありがとうございました。

 

レース結果は以下のようになりました。

 

 

  1位 2位 3位 4位
J24 マリル マンタ アポロニア  
FJ級 桑原・進 早田・小野 新井・森川 熊本・早川

 

◆50人の大合唱

レースの後は、例年通り、ビールとバーベキューです。多くの先輩方と親睦を深めることができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。

そして、親睦のあとは館歌斉唱。50人以上の大合唱となりました。

 

今回、特に感じたのが、現役部員のOBの方々をもてなそうという気持ちです。こういうことをきちんと出来るのも、他校にはない、修猷生の実力なんだと改めて感じた次第です。現役部員の皆さん、お疲れ様でした。

 

(以上 平成9年卒 桜井 玄さんの報告でした)

2005年

4月

29日

艇庫開きの儀

平成17年(2005年)4月24日、艇庫開きに行ってきました。

 

当日は、本当に気持ち良い快晴で、空には地震雲?らしきものが出ていました。

(地震雲については、当日集まったOBの間で話題になっていました。3月の地震では修猷館の真新しい体育館の壁や天井が崩落したそうです)

 

到着後、早速新艇庫を見に行きました。

新艇庫の場所は、以前あった場所から西へ20メートルほど移動したところで、新弓道場の裏になります。

新艇庫が入っている建物は、半分がヨット部艇庫で、残り半分を応援団など3団体で使うそうです。

艇庫の中には、2段式の艇保管用ラック(アルミ製ですよ!!)が2台あり合計4艇まで保管可能、そのほかに備品用の棚(これもアルミ製)や、艇庫内での作業用に大型換気扇も設置してありました。

 

また艇庫の奥の壁の中央には、復元された故林英夫先輩の遺影と当時の顧問の先生の添え書きの額が掲げられており、現役の活動と安全を見守られています。

この艇庫は設備が十分に整っているので、艇の修理なども快適にできそうです。

 

艇庫開きは11時より、現役、OBに加え現役父兄にも参加していただいて始まりました。

神事「艇庫造り終えの儀」は西公園の光雲(てるも)神社(祭神は黒田汝水、長政)町田宮司により、修祓、祝詞に続いて、艇庫入り口と内部四隅を清めていただき、現役、父兄、OBの各代表による玉串拝礼によって無事に終了。

その後、OB会の結城会長より新艇庫完成までの経緯と故林英夫先輩について説明があり、安全第一を忘れず楽しい練習をして欲しいと伝えられました。

 

艇庫造り終えの祀り次第

 

1.一同一拝

2.修祓(シュバツ)

3.献饌の儀(ケンセン)

4.祝詞(ノリト)奏上

5.浄祓の儀(キヨメバライ)

6.玉串拝礼

7.撤饌の儀(テッセン)

8.一同一拝

 

最後は直会(なおらい)で、全員による完成記念と安全祈願の乾杯となり賑やかに終了しました。

参加された父兄の方も普段見ることのない部活動の現場を見ていただくことができ、理解が深まったようでした。

それから自分たちよりも若いOBが参加してくれたので、いっそう明るく楽しいイベントになったと思います。

現役はそろそろインターハイ予選が始まりますが、上位を目指してがんばってください。

 

参加者は以下の通りです。

 

《現役》全員

《顧問》金川先生、

《OB》林暁男ご夫妻、谷、結城、秋山、片ノ坂、福元、中尾、冬至、山口、大賀、久芳、岡本、高、大森、桜井、小野、新井、庄村

《父兄》中村政雄様ご夫妻、野尻一郎様ご夫妻、中村美つ子様、坂本真子様、藤森郷治様ご夫妻、山北人美様、高橋一雅様、大坪哲郎様ご夫妻

 

(報告者:大森、山口)

 

2003年

9月

30日

2003年OB戦

◆J24に人気

平成15年9月15日に、恒例のOBレースが開催されました。

例年は高校生が使っているFJクラスの艇で、OBと現役がペアを組んでレースをしていたのですが、気まぐれな秋の風は、敬老の日といえども時に容赦なく、海ももう冬支度を始める季節では、乗艇をはばかって焼き肉パーティのみの参加希望者も多かったことから、今年は、"楽しみましょう" 精神に徹してクルーザーレースを企画してみました。

 

OBの所有するJ24クラス3艇、いずれも博多湾はおろか世界のレースで活躍している名艇と名スキッパーを集め、観覧艇も出したので、レース嫌いな約1名の幹事も何とか参加できる企画です。

 

この企画は大成功で、例年は本部船からの観覧希望者が多数居たことを配慮して観覧艇を準備したのに乗艇希望OBは約2名(含むオーナー)、他は全員レース参加となり、観覧艇兼レース本部船は、現役生と顧問の先生を中心とする若いクルーになりました。

 

◆レースになると熱くなる

コースは能古の島西に浮かぶ象の瀬一周(時計回り)。スタートラインはエンジンでヒーブツーした観覧艇(訂正⇒本部船)とハーバー入り口灯台の見通し線という気楽な設定。各艇現役も含めて7名のクルーで、11時45分のスタートです。


気楽にといってもやっぱりレースになると熱くなるのがヨットマン。各艇20秒も遅れることなくスタートしました。

 

完全宴会(not沿海)仕様の観覧艇は、3年ぶりに回したエンジンの調子を心配しながら、クローズで両サイドに分かれたレース艇の中央をまっすぐに追いかけて上りますが、でも遅れ気味。はじめてラットを握った主将の前畑君はご機嫌です。

各レース艇も若者にヘルムを任せて奮戦中。でも観覧艇からは詳細が分からないので、中略。

 

◆不審船が接近!

レース艇に気を取られながら、象の瀬もまもなくという頃、西の方角から攻撃的に接近してくる不審船(ヨット)発見。

クルーの人相も良くなく・・何かあるのかなーと心配しながら走っていると、向こうから停船命令の声がかかり、いきなり砲弾(ではなくて缶ビール)が打ち込まれました。

遅れて参加の先輩二人、博多湾内でも自己防衛が必要です。

そんなトラブルがあって、レース艇から注意がそれていると、先頭の1艇はどうも反時計回りのコースを引いている様子。

いまから修正させると順位が変わりそうだし・・まあいいや、気づかんやったことにしとこうと、寛大な処置を考えていたら、他の艇から「時計回りやったろうがーー」と直接抗議の声、・・(>_<)

やっぱレースはきびしいぃっ!

 

◆現役生が焼き肉で歓迎

そんなこんなで、陸に上がったら、例年通り健気な現役生が尊敬する先輩達のために焼き肉の準備を完了しています。天気はいいし、若い現役に給仕をしてもらえば誰でもこころは日本晴れ。やっぱ海に限る!! 

 

そうそう、レースに先立って、アテネオリンピックを目指して活躍中の、平成4年卒石橋顕君のビデオ(TNC放送済み)をみんなで観戦しました。ついでにその資金としてのTシャツを販売してもらい、資金援助としました。

 

今回の参加OBは以下の通りです(敬称略)。

 

清沢(S26)、大原(S26)、谷(S28)、結城(S29)、秋山(S31)、坂口(S31)、福元(S32)、片ノ坂(S32)、井上(37)、嶋田(S38)、冬至(S39)、山口(S41)、久芳(S50)、岡本(S56)、高(H4)、櫻井(H9)、新井(H13)、古川先生(顧問)、馬場氏(唐津東高OB:九州大学第2外科助教授)

2002年

3月

31日

修猷ヨットクラブの皆様へ~新艇購入のお礼

修猷ヨットクラブの皆様へ

 

皆様のご厚意により、新艇が到着いたしました。 

現役からお礼状が届いていますので、ご報告いたします。 

なお、新艇は見込みで購入しています。 

年会費、寄付のお払い込みがまだの方は、後日振込用紙を

お送りいたしますので、よろしくお願いいたします。

新艇購入のお礼

◆---

「1474」と刻印された白く光る艇体にシャンパンの泡がはじけています。そうです、今日は修猷ヨットクラブより御寄贈いただいた新艇、1474の進水式です。

3月8日にメーカーから来て、11日、12日を使って艤装しました。新艇は独特のにおいに包まれ、ハーバーのいろんなかたが周りを囲んでいて、部員も皆笑顔で見ていました。

いざ練習に出てみると、どんなに高い波でも滑るように走ります。誰が乗っても、1艇身、2艇身とだんだん前に出ていきます。

これからは皆が1474に乗るために部内の競争も激しくなるでしょう。そうすれば修猷館全体が強くなり、IH出場もより近くなります。本当にありがとうございました。

これからも修猷館ヨット部への応援とご支援をよろしくお願いいたします。

 

修猷館ヨット部部長 伊藤 貴生

 

◆---

先日、僕は修猷ヨットクラブの皆様が寄付していただいた新艇1474に、名誉ある最初のクルーとして乗船させていただきました。出艇前のセレモニーで、バウとスターンにシャンパンをかけられた1474に乗り込み、ヨット部の皆が館歌を声高らかに歌う中で、僕らは出艇しました。新艇に乗って始めに受けた印象は、とにかく”速い”でした。1474はその艇体を白く光らせ、海の上を滑るように走りました。

そしてその1474の持つスピードに驚きつつ、あとは自分たちがどれだけ練習し、上達するかで、IH出場もただの高い目標に終わるのではなく、現実の物となるはずだと確信しました。

今、修猷ヨット部には2年が5ペアいます。その5ペアが共に協力しあい、競い合って行くことで、お互いが上達し、5ペア皆がIH出場できたら本当にすばらしいと思います。そのためにも、OBの皆様に頂いた新艇を無駄にしないように、一人一人が精一杯頑張っていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

修猷館高校ヨット部副部長 山下慎一

 

◆---

新艇が来ました。

私たちが待ち望んでいた、OBの皆様が寄付してくださった新艇1474がやってきました。本当にうれしくて、毎日白くてぴかぴかの船体を眺めてにやにやしています。

3月12日 日曜日に進水式をしました。誰が最初に乗るかはあみだくじで決めました。(みんなすごく乗りたがっていましたので、あみだくじの結果に絶叫したりしました)結局、山下君と村田君が乗りました。出艇する前にみんなで記念撮影をして、シャンペンをバウとかラダーにかけました。湾から出るときには部員全員で館歌を歌って見送りました。

新艇は今ではハーバーの人気者です。他の学校の生徒も、私たちも、新艇を見かけるとしばらく立ち止まってじっくりと眺めています。こんなぴかぴかな船が自分たち修猷館のレース艇だと思うとうれしくてたまりません。

この新艇をいつまでも大切にしていきたいです。そしてこの船で今年も、来年も、そのずーっと先の年も、インターハイに出場して、全国に修猷館の名前を広めていこうと思います。

本当にありがとうございました。

新井 由香

◆---

3月8日、高校入試のため学校が休みで午後からいつものようにハーバーに行くと、ビニールで包まれた真っ白なFJがトラックの上に置かれていました。初めて新艇を見てこれからへの期待と不安がいっそう増し、またそれなりの結果を出さなくてはというプレッシャーをも感じました。艤装もセッティングも全くできていない船を、みんなで、今までの経験や、1365,1336を参考に、そして三船さんと大原さんのすばらしい技術を借りて、一から船を艤装し、セッティングをしていきました。

個人的なことになるかもしれませんが、私たちのペアが初めて乗ったのは進水式の次の日でした。風は1~2m/s、微風で走らせることがとても難しかったですが、それなりによい走りでした。船の状態はOKです。あとはこれからの私たちの練習と努力でどんどん速くしていきたいと思います。そしてインターハイ目指して頑張っていきたいと思います。

本当にすばらしい船、1474をありがとうございました。

庄村 真智子

◆---

3月12日 雲一つない晴天の下、波を切って走る真っ白な新艇。それは思わず見とれてしまうほどりりしい姿でした。いつもは他の学校の船の新しさに引け目を感じている私たちですが、この日ばかりはこれ見よがしにこの新艇を自慢しまくりました。ハーバーの方々(宮崎さんを始めとして)には、「これ乗れる奴おるとや?」などとからかわれたりもしましたが、私たちはこのきれいな新艇にふさわしい結果を必ず残すっ!!というつもりでいます。そのために日々練習に励んでいます。特に今は今月末に唐津で開催される九州大会に向けて合宿など行っています。

まだ未熟な私たちですが、この新艇に見合う実力をインターハイまでに付け、最高の結果をOBの方々にご報告できるように頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。

原賀妙子・権藤つかさ ペア

2000年

4月

30日

新艇庫案

◆新校舎が完成

修猷館の新校舎が完成しました。旧校舎のシンボルタワーの雰囲気を継承した明るい建物です。バンカラ修猷も時代の流れの中で、スマート修猷に変身を遂げました。 

この中では、高下駄に腰手拭いなんてスタイルは似合いません。でも内部床面は木材仕上げで、伝統を保っているということです。 

中庭は、ローマの大野外劇場の遺跡風な、ピロティに囲まれた芝生で、2階は全面バルコニーになっています。集会や野外演奏会ができるのでしょう。1階に大きな明るい食堂もあります。 

これから管理棟(事務室など)の工事にかかり、その後第3期工事として、武道場や弓道場、ヨット部艇庫などが建設されるそうです。完成は5年後とのことでした。

 

◆新艇庫案を館長に提出

 

修猷館校舎の全面立て替えに伴い、ヨット部OB会が再建を切望する新艇庫の希望案を図面にまとめ、3月30日に修猷館長前川先生に提出しました。 

案は、旧艇庫よりやや面積を拡大し、9艇を収納できかつシャワー室を備えたもので大賀OBが計画図を作成しました。館長の談によれば竣工までまだ相当の年数が掛かるということですが、設計の原案として参考にしていただける旨のご返事を頂きました。 

なお雨漏りのする艇庫の中で痛んだままかろうじて保存されていた林英夫氏の遺影と、その裏の顛末文を、冬至OBが回収し、再生加工して額装したうえで、 新艇庫内に安置すべく、館長に託すことを申し出、館長より快諾を頂きました。 

また完成の暁には、艇庫内部にヨット部の歴史を示す品物を展示するなどの計画もあります。 

*出席者:結城(S29)、秋山(S31)、冬至(S39)、山口(S41)、大賀(S43)、久芳(S50)

*同席者:修猷館事務長、三池顧問

1999年

9月

30日

1999年OB戦

9月15日、おりから台風16号が九州に上陸し北上中、博多湾ではNNE6から8m、時には10mの強風(FJにとっては)が吹いていましたが、敬老精神に満ちた現役の周到な準備のもと、敢闘精神に満ちた修猷館OBは、艇が壊れるのではないかという現役の心配を気にもとめず、当然のごとくハーバーを出艇して、レース海面へと向かっていきました。

 

今年のレースは65歳から26歳までの幅広い年齢層が出走し、関東水域からわざわざ優勝を目指して初参加されたOBも加えてのにぎやかな開催となりました。

◆インターハイの雄が沈

レースは2年生のレース委員長の指揮のもと、スタートも本格的にフラグを使用してキチッと運営され、OBスキッパーと現役クルーの各艇は、10分前の信号から真剣な表情でマニューバリングを行っておりました。

 

1レース目は、全艇きれいなスタート、フルハイクのレースとなり、昨年優勝の最年長OBがきれいな走りで上マークをトップで回航しています。

会誌編集長は「昨年と同じ優勝者では記事にならないな」と思いながら本部船から見ていますと、上マークで後続艇が "沈" 、本部船の陽気なOB連は大喜び。

 

でも「敬老の日に老人を死なしたんでは・・」と、一応心配していると、やがて沈揚げして帰ってきたのは最年少の、しかもインターハイ優勝経験者。

本部船は笑いの渦、皆大いに安心しました。 結局第1レースは、昨年優勝の最年長OBがそのまま逃げ切ってトップのゴールとなりました。

 

第2レースは、トップ艇がスキッパーを交代してのレース、スタートは厳格かつ敬老精神高らかなレース委員長の判断で "オールフェア" 、1レース目にもまして全艇きれいなスタート(うち1艇近傍の水面だけ風向が違っていたようでしたが??)。

2レース目ともなると、トレーニング不足のOBスキッパーは疲れが出てきます。本部船ではレース艇がタックする度に絶望的な悲鳴が上がり、続いて安堵の声が流れていました。

 

◆3艇が沈6回の大混戦

やがて、絶望に続く安堵の声が途絶え「あれ誰や?」「ブルーのジブは?」「トップ艇を交代した○○さんでは??」。

意気盛んとはいえども無理は禁物、しかし現役のクルー1人では体重不足で船はなかなか起きません。だいぶ流された頃、観覧艇のクルーザーが近づいて、乗っていた飛び込み要員の現役1年生が沈揚げ協力し、敬老の日の精神は高らかに発揮されました。

このレースは、トップで最終マークを回航した艇など計3艇が計6回の沈で大混戦。強風下での沈揚げ経験のない現役下級生に、しっかりと安全教育・訓練も忘れないOB達でした。

 

いっぽうレースを終了した本部船上では、海面を漂流しているバッグを発見、「もしや中に1千万円入っているかも」と回収作業が開始されました。現役の艇購入費に少しでも役立てばという気は毛頭ないけれど、一度決めたことはやり通すという強い信念で、強風の中リバースの舵利きの悪いクルーザーを必死で操船しながら夢中になるOB達でした。 

◆レース艇不足の訴え

オカでは既に、現役諸君が用意したビールとバーベキューが準備完了。沈艇スキッパーもシャワーを浴びて、満足そうに話が弾みます。レース表彰は2年生の新部長より、はるばる横浜から参加し、手堅く2レースを完走して優勝したOBの手に記念品が手渡されました。

このあと例によって現役全員の自己紹介。

今年は全員積極的で明るい雰囲気の部員が揃っています。ただ、練習艇の不足から、常時6人の部員が ”オカキン” となり、海面にも出られないことと、今から来年のデュエット優勝を目指している部員に対して、レース艇が不足している現状も訴えられ、これに何とか対処しようとの真剣な討議も行われました。

 

今回のOB戦は、手違いで計画と連絡が遅れたにもかかわらず、多数のOBに参加いただきました。現役に代わり御礼申し上げます。現役諸君もご苦労様でした。

来シーズンに向け、この秋の練習の成果を来シーズンに十分発揮できますことをOB一同期待しています。

出席者は次の18名でした。(敬称略)

S26林暁夫、28谷伸明、29林宏美、29結城威、31秋山雄治、32太田英夫、32福元征四郎、32片の坂邦夫、37原田芳治、39冬至真也、40鶴木賢治、41山口住夫、45牧角龍憲、56入江彰、56岡本成道、H4岩田英昭、4高修治、8藤本賢

1998年

9月

30日

1998年OB戦

9月15日、台風接近にもかかわらず秋晴れ良風の博多湾では、恒例の修猷館OBヨットレースが開催されました。

現役諸君の周到な準備の下、孫ほども年の違う女性クルーに顔もゆるみっぱなしのOBや、沈の恐怖におびえながらのOBなど、それでもNNE3-4米の順風に、一応無事にレース海面まで到着しました。

 

第1レースはリコールもなく(実はかなり余裕があった)スタートし、上マークまでは各艇見事な帆走ぶり、と思ったら上マークではトップ艇がマークタッチ、現役の監視が厳しく警告するも全く無視。

下マークでは、別のトップ艇がマークを誤認して順位を大きく落とすなど波乱に満ちたレース展開となりました。

 

◆スポーツマンシップ

第2レースから出場のOBは、スタート後勘がつかめず一人あらぬ方向に走って大きく水をあけられ、年の功の決断力で強引にサイドマークを省略、見事2位でフィニッシュするも栄誉のリタイア。スポーツマンシップの手本を見せてくれました。

 

今回は修猷OB戦では初めてのスピン使用レースでしたが、各艇スピントラブルもなく接戦を繰り広げ、結局、レース現役の実力に加えて、孫娘クルーを得て張り切った古参OBが総合優勝を飾りました。

 

◆現役は良く食うなあ

会場をハーバーの艇置場裏に移してのバーベキューは、これも現役と三池顧問の周到な準備により、まもなく開会。

現役生が配布するよく焼けた上質な肉とよく冷えたビールに、話題は50年程も前に遡ります。武勇伝に聞き入るうちにいつしか肉の供給が止まったな、とふと見ると、火のまわりに集まった現役の箸と口はいそがしく動いている。

 

「今年の現役は良く食って元気がいいな」とOBも機嫌を良くして、「でもこっちにもすこし回せよ」

最後に現役の自己紹介と、OBの希望によりスターボードコールの発声練習、そして記念撮影の後、散会しました。

 

今年の現役は、明るい雰囲気で良くまとまっており、意欲も十分に見受けられました。来シーズンはきっといいレポートを書けることと期待しています。

 

参加者は次の通り=敬称略。

林暁夫(S26)、谷伸明(S28)、秋山雄治(S31)、森安弘(S32)、福元征四郎(S32)、太田英夫(S32)、片の坂邦夫(S32)、冬至真也(S39)、山口住夫(S41)、牧角龍憲(S45)、藤洋吐(S52)、岡本成道(S56)、岩田英昭(H4)、高修治(H4)

  現役の活動はこちらから
  現役の活動はこちらから